新入社員が感じた違和感
「最初は親しみかと思ったんです。でも、だんだん名前が“武器”に感じてきて……」
4月に入社したばかりのSさん（22）は、配属初日に上司から「今日から“さっちゃん”ね！」と笑顔で言われた。職場には一応の“ニックネーム文化”があり、先輩たちも「○○っち」「△△ぴょん」と呼び合っている。
しかしその軽妙さが、Sさんにとっては踏み込まれすぎた圧として映った。「本名で呼ばれる場面が減り、自分がどんどん“記号”になっていく感じでした」とSさんは振り返る。
同じく、IT企業に勤めるAさん（28）もこう語る。
「“あっちゃん”って呼ばれてたんですけど、上司だけがそう呼んできて。しかも会議中にも使うので、他の部署の人にまで伝染していって、もはや私の本名が霞んでしまいました。軽く見られてるのかなって、不安になったこともあります」
一方で、抵抗を示したBさん（25）は「呼び方をやんわり訂正したら、“ノリ悪いね”って言われた」と話す。
「結局、断る自由ってないんですよね。“あだ名を受け入れる＝社風に馴染む力”みたいな空気がある」
職場のニックネームは、一歩間違えば**“拒否できないフレンドリー”**に転じる危うさをはらんでいる。
“あだ名文化”は社風か、支配か
社員同士の距離を縮める目的で、フレンドリーな呼び方を推奨する企業もある。だが、こと“上下関係”が関わる場では話は別だ。
「上司があだ名で呼ぶと、部下は断れない。そこに強制されない同調圧力が生まれるんです」と語るのは、ハラスメント対策を専門とする労働問題カウンセラーの田中あゆみ氏。
「“親しみ”という名の服を着た“支配”が、意図せず始まってしまうことがある。しかも発信者（上司）は、善意のつもりなので始末が悪いのです」
つまり、“悪意なきハラスメント”の一形態として、「呼び方」はいま見直されつつあるのだ。
呼ばれ方が変わると、仕事が変わる？
一部企業では、役職名や本名を使うよう呼びかける「ネーム・リテラシー研修」も導入されはじめている。都内のあるITベンチャーでは、社内ツール上でニックネームを廃止し、本名＋役職表記へ統一したところ、上司への相談件数が増加。社員アンケートでは「呼び方が整ったことで、心理的距離が改善した」との声も上がったという。
「“ちゃん付け”で親しみを演出するより、“敬意ある距離感”の方が働きやすいと感じる社員が増えているようです」と同社の人事担当者。
“フレンドリー疲れ”という新たな問題
2020年代以降、オンライン会議の普及で社内コミュニケーションの再設計が進んだが、その反動でリアル職場では「馴れ合い志向」が再燃している面もある。
しかし、それに順応することがストレスになる“フレンドリー疲れ”も無視できない。
「毎朝、“おはようたけぽん！”って言わされるの、正直つらいです……」と話すのは、あるメーカー勤務の若手社員だ。
「最初は笑ってましたけど、だんだん自分が“キャラ”としてしか見られてないようで。別に芸人じゃないのに、って思ってしまいます」
上司が“空気を和ませるつもり”で続けているが、本人は“職場用キャラ”を演じさせられていると感じているのだ。
では、どうすれば？
ニックネーム自体が悪というわけではない。しかし、それが「断れない文化」になったとき、職場の空気は一気に濁りはじめる。
田中カウンセラーはこう提言する。
「呼び方には“選択肢”があることを明示すべきです。『本名で呼んでください』と言える空気が大事。上司の側も、『あだ名で呼んでいい？』と確認をとる、あるいは最初から本名で通すという選択肢を持ってほしいですね」
一見くだけたやりとりでも、呼び名ひとつで人間関係は大きく変わる。それは、恋愛でも職場でも同じだ。
まとめ：呼びやすさより、呼ばれやすさを
“○○ちゃん”と呼ばれることに違和感を覚える人がいる時代。親しみを込めたつもりの呼び方が、相手の存在や距離感を“壊す”きっかけになるかもしれない。
職場でのニックネーム——それは、笑顔の下にある「同調の強制」になっていないか。
いま一度、“名前の持つ力”を見直す時が来ている。
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